動乱の時代で「生きるに値しない存在」とされた病人たちの治療に取り組む一般精神科医の「人間性」に着目した小説。これはナチス政権における悪政や支配に対する彼なりの反抗であり、物語のシリアスさは作者の「どくとるマンボウ航海記」や「人工の星」といったそれまでの小説とは一線を画す作り込みであるが、わたしは昭和世代の正統派な筆力によって成り立っている小説を読むのは得意ではない。人文的な教養の行き届いた清潔な文章という感じがどうしても拭えず、そういった具体性の強い作家よりかは野放図的な感性からなる、正統的な作家として生きていくために必要なものまでも削ぎ落とすかのような抽象性をもつ作家のほうに心惹かれる。
それにしても、歴史を歴史として描く事は裏を返せば歴史を歴史として崇めることと同義であり、そういった類の小説を生業とする作家たちの美学的ともいえるであろう審美の眼差しに、果たしてどれほどの西洋人が感銘を受けるのだろうかと少し考えさせられる。その上で、惨劇であろうが喜劇であろうが、物事の正しさや意味を無条件に見定めようとする意識の由来するところは一体何なのだろうかとも。
第四十三回受賞作(1960年)
わたしの評価 ★★
わたしの印象に残った選評 すぐれた卒論を読むようなソツのなさを感じたが、同時に退屈もした。慶応の付属病院という安定した職場に坐って、二つのハンドルを持つことが、今日のようなはげしい分業時代にあって、氏自身が、どこまで自分に寛容となれるかは疑問である(舟橋聖一)
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