沖縄を舞台にした小説は数回にわたり芥川賞を受けているが、はじめて「沖縄小説」として受賞したのがこの小説。元日本軍兵士、現地ジャーナリスト、元アメリカ軍兵士、中国人という濃い登場人物たちがパーティーの団欒の中で各々の人生を語り合う、というのが大まかなあらすじ。
この小説が賞を受けた5年後に沖縄は返還されることになったわけだが、この小説もまた、沖縄とアメリカとの結びつきについて少なからず批評を試みた形跡がある。日本人、中国人、アメリカ人、そして沖縄。この図式から想起することは何か。それは、日本がかつて中国に行った戦争犯罪を、アメリカが沖縄に対してより巧妙に行っていた、という告発ではないのか。法体制という制度的なレベルで自国民の権利を確保しておきながら、親善の名を借りて文化的に日本を支配している、という、わたしが思い描くような批評は、この小説にはなかった。
この回の選考委員を務めた三島由紀夫は選評で「『広場の孤独』以来の常套で、主人公が良心的で反省的でまじめで被害者で……というキャラクタリゼーションが気に入らぬ。このことが作品の説得力を弱めている、という風に私には感じられた。主人公の社交能力の欠如が、事件をこじらせる一因でもあろうが、作者はそれをすべて大きな政治的パズルの中へ融かし込んでしまう」と言う風に述べていたが、この「良心的で反省的で真面目で被害者」な主人公の人間像の中に、敗戦国という呪縛に自ら捕らえられてしまっている日本人の特性が良く表れているように思う。
第五十七回受賞作(1967年)
わたしの評価 ★
わたしの印象に残った選評 主人公が良心的で反省的でまじめで被害者で……というキャラクタリゼーションが気に入らぬ。このことが作品の説得力を弱めている、という風に私には感じられた。主人公の社交能力の欠如が、事件をこじらせる一因でもあろうが、作者はそれをすべて大きな政治的パズルの中へ融かし込んでしまう(三島由紀夫)
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