「過去を哭けよアルトラ」
6月18日 晴れ
東小で開かれていた夏祭りにクラスメイトの女の子数人と行ってきた。
聞いてたほど大きな規模のものではなかったけれど、それなりに大きなヤグラ?が組んであって、それを囲むようにして十箇所くらい屋台が出ていて、私達はそばめしを買って話をした。
その時に、噂の彼についての話になった、というのも彼もその祭りに一人で来ていて鉄棒の辺りで彼が一人でそばめしを食べているのを見かけて、クラスメイトの皆は彼の噂をし始めた。
前々から彼、アルトラの噂は聞いていた、なんでも小学生の頃に先生と喧嘩をして、先生の車のタイヤをパンクさせたり、授業中に大声で先生に怒鳴ったりしてきて、それがエスカレートしたのか、先生に殴りかかって大怪我をさせて警察に連れていかれたという話も聞いたことがある。
彼は皆の間で「やばいやつ」として有名になっていて、誰も彼に近付く事がない、けれど私にはそれが彼に対するいじめに見えて仕方がない。
誰も本当に彼がそんな事をしたのかは知らないし、少なくとも今日私が見た彼の姿はそんな野蛮で喧嘩っ早い印象ではなかったし、何故かあの日の私と同じように、悲しんで苦しんでいるように見えた。
そう見たから、私は思わず途中でそばめしを食べながら話すのをやめて、クラスメイトに「やめておきな」と制止されたのを無視し、恐怖心を捨てて彼、アルトラに話しかけた。
彼は案外普通で、私に話しかけられた事に驚きながらも普通に話をしてくれた。
踏み込んだ話をしたわけではないけれど、もしも彼があんなにも普通の人なのに皆に避けられているのだとしたら、私は彼を助けてあげないといけないんじゃないかと思った。
6月20日 曇り
中学校に上がって、いじめられたり無視されたりするのは終わったと思っていたけれど、一昨日の夏祭りに一緒に行ったクラスメイトから避けられているのを感じた。
アルトラと関わったからだろうか、普通にどんな感じだったかとかを聞かれると思っていたから少し意外に感じた。
避けられているとは言っても、そんなに話しかけられないだけで別に一緒に教室を移動したり、昼休みに一緒にいる事をダメだって言われるわけでも無いけれど、疎外感というか、前みたいに話を振られたり、お花摘みに誘われたりしなくなった程度の事だったけれど。
女子だけじゃない、男子も何か私の事を噂しているように感じた、あのアルトラに話しかけたんだ、とか…私が昔どういう目に合っていたのかとか。
今日はあまり気分が良くなかったな。
6月21日 雨
台風14号が接近しているとかで、今日は結構激しい雨が降っていた。
明日はお昼まで警報が出ていたら休校らしい、先生がそれを発表すると皆大騒ぎで、先生も何故か少し嬉しそうだった。
それで、帰りに偶然アルトラが折れた黄色い傘を持って登下校口の軒下で立っているのを見つけた。
思わずどうしたの、と声を掛けたがアルトラは私に気付くとすぐに傘もささずに走り出したので追いかけたけれど、とても追いつけなかった。
帰る方向も違うから諦めて一人で帰り始めたけれど、なんで彼の傘は折れていたんだろう。
やっぱりアルトラはいじめられているんじゃないだろうか、避けられているだけじゃなくて、嫌がらせをされているんだろう。
それを見て見ぬふりしているのだとしたら、私は彼を放っておけない。
6月22日 晴れ
最悪な日だった。
アルトラに会おうとして早めに登下校口の前に立っていたら、少し前まで私の事をいじめていた男子のグループに見つかって、体を掴まれた。
すぐに逃がしてくれたけれど、怖くってまだ手が震えてる、あいつらも何かを待っていた、たぶんアルトラをいじめているんだ。
嫌だ、怖い。
もうあんな目にはあいたくない。
6月28日 曇り
帰りにまたあいつらに見つかった。
勝手に肩を組まれて、アルトラとどういう関係なのかを尋ねられて、私は怖くて泣きそうになった。
そこにアルトラが現れ、私の肩を持ち上げていた男の胸倉をいきなり右手で掴んで私から引きはがした、肩越しでも分かる凄い力だった。
胸倉を掴まれた男は「トラに殴られた」などと笑いながら、他の男たちも笑いながらそれを見ていた。
アルトラが手を離すにあいつらは笑いながら私の帰り道と同じ方向に向かって歩いて行った。
アルトラも立ち去ろうとしていたけれど、私はそれを呼び止めた。
学校の隣にある公園のベンチまで移動し、私達は私とあいつらの関係、アルトラの事について話した。
どうやら彼についての噂は概ね真実らしく、小学生の頃に先生と喧嘩になったことも、その先生を殴って怪我をさせて警察沙汰になった事も。
タイヤの件はやっていないと言っていたけれど。
どうしてそんな事をしたのか聞くと、アルトラの小学生の頃の先生がいわゆる「ロリコン」だったらしく、水泳の授業の際に女子更衣室に顔を出した事を咎めた事をきっかけに喧嘩になったらしい。
アルトラは自分の正義に従って間違った事をしただけで、いじめられるような事は何もしていない。
次に会ったら連絡先を渡そうと思って、メッセージのIDをメモ帳に控えておいた。
7月1日 晴れ
あいつらに見つからずにアルトラにまた会う事が出来たので、連絡先の交換をした。
家に帰って携帯を確認したらすぐにメッセージが入っていたので、多分アルトラの家は結構学校から近いんだろうな。
対面して話す彼は緊張してなかなかうまく話してくれないけれど、メッセージだと意外とたくさん話してくれる。
今日は少し楽しかった。
7月15日 雨
もうそろそろ夏休みになる、友達が居なくて部活動にも入っていない私は、特にどこかに遊びに行く予定もないから退屈になってしまいそう。
そういえばアルトラはどうなのかな、もしも夏休みの間にも会えるなら、どうやってあいつらとの縁を切れるか、とかの話、作戦会議をしたいな。
7月16日 晴れ
今日は土曜日で学校は休みだったけれど、アルトラと二人で公園で会うことになった。
毎日のようにメッセージで話してはいたけれど、久しぶりに会った彼は前に見た時より元気になっているように見えた。
今日くらいはお互いあいつらの事を考えたくなかったから、自然と趣味の話になっていたけれど、アルトラがピアノを弾いたり本を読んだりするのは正直めちゃくちゃ意外だった、彼の巨躯と太い指でピアノを弾いている所を想像して思わず彼の前で笑ってしまった。
私も小さい頃に少しピアノ教室に通っていた事なんかを話しているうちに、あっという間に時間は経ってしまっていた。
でも次はもう少し涼しいところで話がしたいな。
7月22日 雨
今日終業式があって、明日から夏休みだ。
雨が降っていたし、あいつらに見つかりたくなかったから早く帰ったけれど、アルトラはまたあいつらと喧嘩になったとメッセージで言っていた。
どうやったらあいつらを撃退できるんだろう、何か私に出来る事があればいいのに。
7月25日 曇り
アルトラの家で宿題を進めてきた。
彼は何故か夏休みの一行日記を最終日まで書き進めていたけれど、私は真面目にドリルワークを進めて、今日一日だけで十数ページ進められた。
やっぱり一人で黙々とやった方が早いけれど、友達と少し談笑しながらやるのも楽しかった。
そういえばアルトラの家には初めて行ったけれど、お父さんとお母さんが離婚してしまっているらしく、普段はアルトラ一人であの家に住んでいるらしい。
とは言っても隣に母屋があり、そこに祖父母が住んでいるので、ご飯なんかはおばあちゃんに作ってもらっているらしい。
それと、ちゃんとリビングにはピアノがあって少しびっくりした、今度遊びに行ったら弾いてみてもらおう。
7月30日 晴れ
私はどうしたらよかったんだろう。
台風16号が通り過ぎて、今日はとてもいい天気だったので、二人でゲームセンターに行った。
そこにやつらと上級生が2人いて、私達はあいつらに見つかってしまった。
最初は「やっぱ付き合ってんだ」とか言われていただけなので無視していたけれど、上級生が私の両肩を掴んで「横取りしちゃおっかなー」なんて言って私にキスをしようとして来たところを、アルトラが思いっきり殴ってしまった。
それで彼らは取っ組み合いの喧嘩になってしまって、私は警察が来るまでその場に座り込んで泣くしか出来なかった。
アルトラもやりすぎで、私の肩を掴んだ上級生が倒れているのに顔に蹴りを入れて、救急車まで来る事態になってしまった。
明日は私も事情聴取を受けることになった。
初めてアルトラが怖いと思った。
7月31日
私は精一杯アルトラを弁護した、とは言ってもその場に彼はいなくて、婦警さんと二人きりだったけれど、彼がどうしてあんなことをしたのかを説明した。
アルトラと付き合っているわけではない事も説明した、ただ彼が正義感であんな事をしたという事を説明した。
アルトラが捕まっちゃったらどうしよう、私のせいで、私がゲームセンターに行こうなんて言ったせいで、そんなの嫌…
8月1日
婦警さんが言うには、アルトラはあいつらに「次やったら殺す」と脅していたらしい。
私にはなんの事だか分からなかった、多分証言の確認とかそういう事なんだろうけれど、多分私はその場にいなかった。
アルトラは普段からあんなことをしているんだろうか。
8月2日 晴れ
当たり前だろうけど、親にゲームセンターに行くのを禁止された。
それとアルトラと会う事、関わる事も。
一つ目は分かるけれど、アルトラに会う事を禁止された事に猛反発して、初めて親と大喧嘩になった。
私の為に戦った相手を、他の人がそうするように見捨てろ、なんて私に出来るわけがない、だから私は今日、親に言われた事を無視し、家を飛び出して昼過ぎにアルトラに会ってきた。
アルトラは家にいて、事情聴取ももう終わり、蹴とばした上級生も軽傷だったらしく、特に捕まったりはしないらしいと聞いて少し安心した。
アルトラは静かに泣いていて、巻き込んでしまってごめんなさい、と私に謝った。
けれど私は知っている、あの時アルトラが止めてくれなければ、本当に…気持ち悪い。
思わず私も涙を零してしまって、アルトラは悪くないと伝えた、ありがとうと伝えた。
彼は、自分が過去にやった事を思えばこうなるのは仕方のない事、言ってしまえば罪に対する罰なんだと言いながら、それに私が付き合う必要なんてないと言っていた。
でも、私はそうは思わない。
彼は、形はどうあれ彼の正義に従って行動を起こしているのだから、アルトラが過去の行いの為に泣く必要なんてないと思う。
8月13日 晴れ
夏休みも残り半分程度になった。
今日はアルトラと二人で花火大会に行き、屋台巡りをした。
浴衣で行きたかったけれど、自転車を漕ぐのに不便そうだったので私服で行ったのに、アルトラは仁平を着ていた。
初めて会った時は私服だったくせに、そのことを指摘すると彼は気合が入ったから、と笑いながら言った。
結構な混雑の中、アルトラがずっと右手で手刀を立てていたり、すぐ隣を歩いているから手でも触れそうなものなのに、絶対に私に手がぶつからないように歩いていたのが面白かった。
河川敷の草の上に座りながら、アルトラはずっと花火を眺めてた。
多分、何もなければ本当はあんな事をする人じゃないんだろうな、花火に照らされた彼の横顔はあの時の彼とは別人のようだった。
8月29日 曇り
今日から学校が始まった。
そういえばあんな事があってアルトラとあいつらをどうするかの話し合いは全然できなかった、けれど今日の様子を見るにあいつらはきっともう私達には関わってこなさそうだった。
帰りにあいつらに見つかったけれど、あいつらは目をそらしてどこかに行った、経緯はどうあれ、アルトラはあいつらを遠ざける事に成功した。
アルトラは登下校口の前で私を待っていて、珍しく他の生徒に話しかけられていた。
後で公園で聞いたところ、部活動の勧誘だったらしいけれど、アルトラは校外の柔道のクラブのようなものに参加しているらしく、あまり部活動への参加には興味がないとのことだった。
8月30日 雨
今日は久しぶりにプールに入れると思っていたのに、雨のせいで体育館でのバレーボールになって少し残念だった。
アルトラの例の事件はクラスでも話題になっているらしくて、野次馬根性で皆私にいろいろと聞いてきた。
けれど、どちらかというと前のようにアルトラが悪人扱いされているというよりは、むしろ彼は学校のやんちゃな坊主を懲らしめたヒーローのような扱いを受けていた。
今日は雨だからかアルトラは先に帰ってしまっていたようで、十分程彼を待ったが来なかった。
帰ってからメッセージで話したが、アルトラ自身も自分が悪人として扱われていないのを感じているようで、嬉しがっていた。
結局私の助けは別に要らなかったのかもしれないけれど、彼が楽しそうで良かった。
9月2日 晴れ
ほんの一週間でアルトラはすっかり人気者になってしまったようで、今日久しぶりに二人で話をすることが出来た。
いろいろと雑談していたけれど、例の夏休みの一行日記に関しては案の定先生にツッコミを入れられたそうで、事件のあった日には「ハンバーグの作り方を教わった」と書いてあったらしく、先生からも実践してどうすると笑われたらしい。
こうやって、彼と何気ない会話をするのが楽しい。
9月9日 晴れ
来週から期末テストが始まる、という事で今週はずっとすぐに帰って勉強をしていた。
明日はアルトラの家で一緒に勉強をすることになったけれど、そういえばアルトラってテストの点数どれくらいなんだろうな。
9月10日 雨
アルトラは理科と数学が得意らしく、国語は漢字が読めるが書くのが苦手で、英語と社会は壊滅的らしい。
歴史は私も苦手なので教えられないけれど英語はそれなりに得意なので、テスト範囲の単語を教えてあげた。
アルトラの顔は真剣そのもので、なぜ英語は文字の間に隙間を開けるのか、なぜ大文字から書き始めるのか、といった感じで質問攻めされた。
分からないところは携帯で調べながら二人でへー、なんて言いながら、テスト勉強というより雑学の勉強をした気分になったけれどやっぱり楽しかった。
ちなみに中間テストの点数は219点だったらしい。
9月15日 晴れ
期末テストが終わった。
明日からは後期という事で、全校集会があったりするそうだけれど、先生曰く別に前期も後期も変わりはないとのことらしい、強いて言うならまだ少し暑いけれど明日からはしばらく夏服でも冬服でもOKになるとの事だった。
アルトラはやけにぐったりしていて、そんなに自信がなさそうなのはよく分かった。
9月22日 晴れ
テストの結果は上々だった、アルトラも英語で点数をしっかりと伸ばしていて、280点を取っていた。
それでも平均には届いていないけれど、これからは彼をもっと勉強に誘おうかな。
あいつらの陰に怯えることもなく、こんな風に居られるのが楽しい。
9月30日 晴れ
アルトラにも何人か友達が出来たみたいで、私にも三連休で一緒に遊びに行って来た事や友達の家でゲームをした事を教えてくれた。
ただ、私は彼の過去をまた悪く言う噂が出てきているのが気になっている。
私もクラスメイトとまた話をするようになってきて、答えをはぐらかしてはいるけれど彼の噂が本当だったのか、仲のいい私なら知っているんじゃないか、という話をされる事が多くなった気がする。
邪魔をしないであげてほしい、アルトラはようやく過去の罪を償って、普通に友達も出来て、楽しそうにしているのに。
10月7日 雨
アルトラに対する悪意のようなものは、誰が先導するわけでもなく少しずつ大きくなっていく。
悪ガキを倒したのもまたただの悪ガキだったんじゃないか、だって彼はあんな噂のある人じゃないか、と。
まるでスキャンダルを抜きたがるパパラッチみたいに、彼の噂のある事ない事を話しているらしい。
いや、それだけならただの噂で済んだのに、アルトラは友達にその噂が概ね真実であることを語ってしまったらしくて、やっぱり彼はヤバい奴だったんだ、という言説が立ち始めている。
私はこれがまた彼を暗くしてしまうんじゃないかと思ってしまう。
10月13日 雨
久しぶりにアルトラに会い、家まで行って話をした。
状況は悪化してきていて、アルトラも自分がまた避けられ始めているのを感じているらしい。
彼は自らが過去に犯した罪を呪い、苦しんでいた。
私には納得できない、彼は確かに罪を犯したのかもしれない、それでも彼はずっと自分の正義に従って頑張り続けて、ようやく皆に認められ始めたのに、最初の罪のせいでその頑張りの全てが無駄になってしまうなんて。
アルトラはただ涙を流しながらどうしてあんな事をしてしまったんだろうと呟き続けていた。
私は彼にこれからは過去の事を話さずに今を大切にしていけばいいと言ったけれど、それが正しい事なのかは分からない、広がってしまった噂がこれからも彼を苦しめるような気がしてならない。
10月21日 晴れ
噂は先週ほど聞こえてこなかったが、アルトラからのメッセージが増えた所を見るに、なかなか友達とも遊べていないらしい。
話を聞く限りでは、以前ほど露骨に避けられる事は減ったらしいけれど、それでも一部の興味本位で話しかける人達を除けば、誰かに話しかけられたり親しく接しようとしてもあしらわれてしまうことが増えたらしい。
貝のように口を閉ざしていれば傷つく事もない事は知っているけれど、彼はもうあの頃のような自分には戻りたくないのだろう。
10月29日 晴れ
初めてアルトラに会った時も彼はあんな顔をしていた気がする。
今日はアルトラの家に行って、これからどうすべきなのかを相談された。
彼は今の心境を「手のひらからどんどん大事にしたいものが零れていってしまうよう」だと言っていた。
アルトラはまた泣いていた、最近彼の泣き顔をよく見る気がする。
泣きながらいつか私も零れ落ちていってしまうんじゃないか、なんて言うから、初めて彼の大きくて少し硬い手を握って大丈夫だよ、とだけ言った。
これから私達に出来る事があるのだとするなら、真実味を帯びた噂、その背景を語ることか、誰にも気付かれないように過去を隠して泣きながら現状を続けるか、だろう。
11月3日 晴れ
アルトラの決意は固まったらしい。
どれだけ逃げていたって、いつかまた彼の過去を知る者が現れて全てを暴けば、再び積み上げた何もかもが壊されてしまう。
それなら今ここで過去を自ら暴き、その背景を語り、皆に彼の噂の真実を伝えようとしている。
アルトラがそうするのなら、私も彼の力になれるようにしないと。
11月4日 曇り
祝日明けの金曜日、皆が気だるげな中、私は一人燃え上がっていた。
クラスメイトの女の子達に早速彼の噂の真実を話してみた。
正直過ぎた噂の事であるうえ、アルトラと仲のいい私のいう話にそこまでの興味はなさそうだったけれど、今はそれでいい。
ちょっとした会話がある度に、いろんな人に彼が何故暴力を振るったのかを伝えた、真実を伝えた。
アルトラも頑張っているようで、友達に改めてそんな事をしたのか、理由を話していったらしい。
私が話をした人の中には、何人かそれも噂だし関わらないのが一番だとか、悪いことをしたことには変わりないとか、「アルトラという悪」を信じている人も居たけれど。
きっと私の力でも何かを変えられるはず。
11月11日 雨
いい噂には皆興味がないのか、悪い噂ほど簡単には広がってくれない。
それでも、私がアルトラと付き合っているんじゃないかという噂の導入として、彼の噂の真実について語る私という存在を介して噂は広がっているようだった。
実際アルトラも私とどういう関係なのか聞かれたとメッセージで言っていた。
校内では出来るだけ会わないようにしているし、今本当に付き合っているような事はしない方がいいと思ってしばらく直接は会っていないけれど。
…そういう噂をされて意識し始めたけれど実際私はどうなんだろう。
アルトラの事は好きだけれど、それは付き合いたいという好きと同じものなのか、それともただ友達として好きなだけなのか、私には分からない。
多分アルトラが女の子でも私は同じことをすると思うから、男の子として好きという事ではない気もするし、そんな事は今まで考えてこなかったから分からなかった。
11月16日 雨
自分でも良く分からないのだけれど、今日の帰り、登下校口の前で偶然アルトラに会ったのだけれど、私は何故か目を合わせる事が出来なかった。
いや、良く分からない訳じゃない、分かってる、多分私はアルトラの事が好きなんだ。
結局恥ずかしくて、一言二言話しただけで逃げ帰ってきてしまい、アルトラにメッセージで大丈夫か聞かれたけれど、寒くなってきて体調を崩したことにしておいた。
11月19日 晴れ
アルトラの家で平静を保つのは大変だった。
アルトラは私の作戦が効果を発揮している事に喜びながら、私に感謝してくれた。
それで、そんな事を聞くつもりもなかったのに、私は思わずアルトラに私の事をどう思っているのかを聞いてしまった。
一番大事な友達と答えてくれて嬉しかったけれど、アルトラに恋愛はまだ早いんだろうなと感じた。
明日アルトラは新しい友達と遊びに行くらしい、私もゲームセンターに行ければついて行くのにな。
11月23日 晴れ
今日はアルトラの新しい友達もアルトラの家に来ていた。
同級生の女の子で、少し意外だったけど彼女の方が私に会いたがっていたらしい。
三人でアルトラの過去や例の事件について話したり、少しアルトラがピアノの演奏をしてくれたりした。
こんなに静かで、楽しい時間が来るなんて半年前には考えられなかった、いじめっ子達に怯えることも、周りの目から逃れる事も、もうしなくてもいいんだ。
11月26日 晴れ
私がゲームセンターに行く事を禁止されていると言ったら、彼女は三人でカラオケに行く事を提案してくれた。
何とか午前中に予約を取って、近くのお店で昼ご飯を食べてから遊びに行った。
そういえばこういう風に遊びに行くのは久しぶりな気がするな、アルトラはちょっと音痴だったけど、凄く楽しそうに歌っていた。
アルトラも意外とボカロが好きらしくて、二人で歌える歌を一緒に歌ったりもした。
12月2日 雨
一週間、何事もないのはなんだか久しぶりな気がする。
変わったことといえば、あの娘の家である神社が私の家とアルトラの家のちょうど間くらいにあるから、帰りに三人で神社の前まで行って話して、それから各々帰っていくという風になった事くらいかな。
登下校口の前で待ち合わせをして、三人で話をしながら帰る、昔私が憧れてた普通の学生生活という感じで、アルトラ達に一つ夢を叶えてもらえた気がする。
12月7日 雪
いきなり冷えてきて、私は体調を崩してしまい二日間寝込んでいた。
風邪をうつすと悪いから長話は出来なかったけれど、二日とも二人はお見舞いがてらプリントを渡しに来てくれた。
熱もしっかり下がり、体調も良くなったので明日は三人で帰れるといいな。
12月8日 雪
今日は10cmくらい積もった雪を真っ赤になった素手で握って背の低いブロック塀を見かけるたびに小さな雪だるまを作るアルトラをあの娘と私で笑いながら一緒に帰った。
二人は私に気を利かせて、私の家まで先にむかって、そこで少し話をしてから二人で帰っていった。
…ほんの少しだけあの娘が羨ましいと思いながら早めに宿題を終わらせて、今日は早めに寝る事にする。
12月16日 晴れ
今日の帰りにクリスマスの予定についての話になった。
三人で一緒に夕ご飯とか食べられるといいね、と話していたけれど、きっと親が反対するから私は参加出来そうにない。
冬休みに入ってから一緒に遊びに行く予定だけ立てて、夕食の件は親に確認してみるとだけ言っておいたけれど、私の親はアルトラとまだ一緒にいる事を良く思っていないらしくて、プリントを持ってきた時もあまりいい顔はしていなかった。
私も必死で説明しているのに、全然分かってくれないし、もう勝手に行ってきちゃおうかな…
12月23日 晴れ
今日から冬休みで、私達は早速ショッピングモールに遊びに行ってきた。
私が一緒に夕ご飯を食べに行けないので、せめてクリスマスっぽく、プレゼント交換でもしようという話になった。
アルトラは音楽が好きだからCDでも買ってあげようかと思っていたけれど、二人の内どちらにプレゼントが行くか分からないので文具かお菓子を買うことにした。
結局ちょっとしたお菓子をお互いに交換することになって、明後日にアルトラの家でクリスマス会をすることになった。
12月25日 雪
ホワイトクリスマスになった今日、多分いろんな恋人同士が楽しんでいるんだろうな。
私は夕方までだけれど、アルトラの家で二人と遊んできた。
ボードゲームをしたりした後、プレゼント交換も終わり私は17時頃にアルトラの家を後にしたけれど、あの後も二人は一緒に遊んだみたいだった。
こんなこと、言っても多分仕方がないんだけれど、私はあの娘が羨ましい。
サンタさん、お願いだからアルトラとの時間を私にプレゼントしてほしい。
12月30日 晴れ
今日は珍しく、私とあの娘の二人で会ってきた。
あの娘の方が私に聞きたいことがあるとの事で、呼び出される形だった。
話したのは、あの娘がアルトラと付き合いたいという話で、なんとなく予感はしていたけれど…何ていうんだろうな…。
もう少し取り繕っていて欲しかった、私もあの娘の事は好きだし、アルトラの事も好きだから、まだ普通にお友達で居たかった。
彼女も私の気持ちを知ってはいるみたいで、だから抜け駆けをするのは嫌だから、私にちゃんと相談をした上で、二ヶ月後に告白するから、応援してくれるかライバルになるか選べ、という事だった。
正直分からない、多分アルトラは私の事よりもあの娘の事の方が好きだと思う、私は一緒にゲームセンターに行ったり、遅い時間まで一緒に遊んだり出来ないし、一番近くを取られてしまっているのはずっと感じていた。
階段から突き落とされた時みたいに、頭がふわっとして何も感じられない時間がずっと続くような感じがする。
こんな事なら、アルトラを…でも、私は束縛なんてしたくない、付き合ってもないのに。
1月1日 雪
昨日から雪が降り続いていて、15cmくらい積もっている。
おせちを食べたり、初詣とか年賀状の確認とか一日いろいろしていた気がするけれど、一昨日の話のせいで何にも感じられなかった。
去年は…いろいろあったな、夏からずっと楽しかった気がした、私達は一緒に戦って、一緒に楽しむ時間を勝ち取ったはずなのに。
アルトラがあんなに楽しそうなのに、私達でそれを壊してしまうんじゃないか、私が居なければ二人は幸せを続けられるんじゃないかとか、本当にいろいろ考えてしまって、何も感じられない。
まだ焦って考える必要はないのかもしれないけれど、ショックが少し大きすぎて、まだしばらく立ち上がれそうにない。
1月4日 晴れ
三人でまたカラオケに行ってきた。
あの娘はアルトラの前では平然としていて、むしろ元気のない私に二人で気を遣ってくれていた。
こんなところで泣けるわけがない、泣いたらアルトラがまた苦しんでしまう、アルトラの隣を取っているのはあの娘で、私はそれを反対側の席から眺めているだけ。
二人が幸せになるのを、私は応援すればいいじゃないか。
でも、涙が止まらない。
1月10日 雪
今日から学校が始まり、いつも通り私達は話しながら帰る。
二人の時間が多くなったアルトラ達の話題には分からない事もあって、私は疎外感を感じている。
1月13日 晴れ
二人はいつも登下校口の所まで一緒に来る。
二人はいつも隣を歩いていて、二人で向き合って立っていて、私なんかに会いに来て、私なんかを待っている。
二人の笑顔は本物で、私の毎晩濡れて壊れてしまう笑顔とは違う。
1月15日 雨
今日一日、勉強も手に付かないからずっと一人で考えていた。
アルトラがもしあの娘を好きなら、私なんかではきっと止められない。
だったら、後悔の無いように…とも思ったけど、私は多分、アルトラに拒絶されるのが、選ばれないのが怖いんだ。
もちろん諦めたくないけれど、伝えることが出来るとは思えない、この恐ろしさは、いじめられていた時とは比べ物にならないくらい大きなもので、それに立ち向かう勇気なんて、私にはない。
アルトラが私の気持ちに気付いてくれれば、なんて事も考えたけれど、あのアルトラがそんな事に気付くわけもない、彼は私の事をきっと何も知らないから。
アルトラが私かあの娘か、どちらを選ぶか、私には分かってしまう、ずっとアルトラの事を見続けてきて、私には彼の事が分かってしまう。
だからきっと、さよならしなくちゃいけない。
1月20日 雨
二人は今日も幸せそうで、楽しそうで、それを見ている私も、幸せそうに、楽しそうにしている。
なんだか、日記を書くのも辛くなるくらい毎日胸が苦しくて、ご飯もうまく飲み込めないし、一人でいると自然と涙が零れてしまう。
1月28日 晴れ
今日も一日考えてしまっていた。
二人は今日もゲームセンターに行ったんだろうな、とかアルトラはもう助けなんて必要としてないし私なんか邪魔だよな、とか。
あの娘は来月にはアルトラに告白してしまう、そうなれば私はもう本当に、必要ないんだろうな。
そんな事を考えていたら、何か月かぶりに手首に傷が増えていて、私は自分があの日に、過去に帰って行っているのを感じた。
私の幸せ、アルトラとの思い出は全部捨てなくっちゃいけない、私の幸せな時間は続けられなかった、私のアルトラへの気持ちは届けられなかった。
2月4日 晴れ
アルトラの家に行ってきた。
目に見て二人は親密になっていて、本当に泣きそうで、二人に黙って思わず家を飛び出してしまった、後から二人からメッセージを貰って、急用を思い出してすぐに出なきゃいけなかった、ごめんね、と返しておいた。
まだ告白していないのかもしれないけれど、もう私には二人が付き合っているようにしか見えなかった、一日中涙が止まらなくて、夕ご飯も食べられずにずっとベッドの中で泣いていた。
いやだ、あと3週間で全てが終わってしまうんだから、せめて幸せな時間を過ごしたいのに、私は本当に馬鹿だ。
2月11日 晴れ
アルトラの家に誘われたけれどいけなかった、行けばまた絶対に泣いてしまうから。
もういっそ、さっさと告白して全部終わらせてほしい、そしたら私は二人の前から姿を消して、二度と顔も見せないから、もう許してほしい。
アルトラの顔すら、見るたびに心がぐちゃぐちゃにされるようで、苦しくて仕方がない。
私は何も出来なかった。
あの日も、あの時も、いつも同じ、何をしたらいいのか分からなくて、誰もそんな私を助けてくれなくて。
初めて私を助けてくれた人も、今回は助けてくれない。
いや…きっと、助けを求めれば彼は、アルトラは助けてくれる、けれど助けなんて求めて良いわけがない。
でもそれで。いつか過去を泣くのなら。
それはあの日と何が違うんだろう。
でもそれで。いつか悪夢を見るのなら。
あの日、貴方に話しかけた時、私は何を捨てたんだろう。
2月16日 曇り
アルトラがまだ笑わなかった頃、彼の不器用な笑顔を知っているのは、私だけ。
アルトラと初めて一緒に遊びに行った時、私の手に触れないように歩く彼を知っているのは、私だけ。
私に嫌な事をしようとした奴に掴みかかったり、殴り飛ばしてくれた彼の恐ろしい眼を知っているのは、私だけ。
あの子は知らない、私だけが知っている。
諦めきれない。
2月17日 晴れ
私は最低なことをしたと思う。
私は、私の正義にも友情にも反して、皆を裏切ったと思う。
けれど、私は決して後悔しない。
恥も外聞も捨ててやる、私はそれでも、アルトラが大好きで、大好きで大好きで仕方がない、誰を裏切ることになっても、アルトラだけは諦められない、それでまたあの日のような扱いを受けるのだとしても構わない、アルトラに嫌われるかもしれないけれど、私はもう何も考えられなかった。
今日、学校帰りにアルトラの家に行った、あの娘を抜きにして、アルトラと二人で、それもあの娘に気付かれないように。
思ったよりも真剣な顔で出迎えてくれたアルトラを前にして、私はまた自分がすぐに泣き出してしまうかと思ったけれど、私は覚悟が出来ていたみたいで、思ったよりも泣きそうにはならなかった。
いつも通り、リビングのテーブルに二人で座って、私は早速本題を切り出した。
あの娘の事をどう思っているのか、友人ではなく、恋人にするのだとしたら、どうなのかを聞いた。
アルトラは困惑すると思っていたけれど、意外と平然と、もし告白されたのなら付き合おうと思っていると答えた。
それを聞いて、泣き出しそうになったというか、そりゃそうだよね、と思って少し笑ってしまった。
アルトラは一旦お茶を汲みに行って、その間なんだか少しだけ重たい空気が流れた気がした。
その隙に私は椅子を移動させて、アルトラとテーブルの角だけを挟んで隣り合えるような位置に移動した。
アルトラは何も言わずに私の前にお茶を用意してくれて、私はどうしたいのかを聞いてきた。
私はすぐに答えを出せず、結局どうしたいんだろう、私は、と零しただけだった。
しばらく沈黙があって、先に話を切り出してのはアルトラだった。
ほんの半年前まで、今日みたいな日が続く事なんて想像も付かなかった、私のお陰だ、ありがとう、と。
私もアルトラが居なかったら、あんなに幸せな時間は得られなかったと思うと伝えて、アルトラに感謝した。
それで、こんな幸せな時間もきっとすぐに、あの娘がアルトラに告白したら終わってしまう、そう思っている事を伝えた。
アルトラもそうかもしれないね、と悲しげに答えた。
アルトラの口から改めて終わりを予見させる言葉が出てきて、遂に頬を涙を伝った。
それで、聞きたくても聞けなかった、一度決壊した涙腺は鼻をすすらせて、肺を痙攣させて、今から告白をしようとしている女の子の状態を維持させてくれなかった。
来週、あの娘がアルトラに告白するという事を伝えると、アルトラはまた一段と悲しそうな顔をした。
それで、私はアルトラに、またあの日に戻るのは嫌だ、一人になるのは嫌だ、と涙声で訴える。
暗にあの娘を振ってくれ、と。最低なお願いをした。
アルトラは何も答えず、額を抑えながら肘を膝に付いた。
アルトラも泣き始めてしまった。
分かっていた、アルトラがあの娘の事が好きだって事、私ではもう止められない事、私はもう一人で去るしかないことも、全部分かっていた。
なのに、目の前が全く見えなくなるくらい涙が溢れて、あの頃みたいに、子供みたいに慟哭するしかなくて、もう何も考えられなくなってしまった。
それで、気が付くと私はアルトラに抱き着いてしまっていた。
「ーー助けて、アルトラ。」
そうとだけ口にしていたと思う。
抱き着いて離れようとしない私を、アルトラは優しく、大きくて強い体で抱きしめてくれた。
君にそう言われたら助けない訳にはいかないじゃないか、なんてまた泣きながら言いながら。
初めてのキスは、塩辛かった。
2月18日 晴れ
正直、あの娘には殴られても刺されても文句は言えないと思った。
けれど、意外なことに彼女は納得しているようで、というのも彼女達がで話をしていてもアルトラが出す話題は私の事ばかりだったらしくて、彼女自身も早く付き合えとしか思ってなかったよ、と笑顔で言ってくれた。
それで、二人でアルトラにいつから私の好意に気付いていたのか聞いてみたところ、意外なことに9月頃にはもう、男友達に言われて気が付いていたとのことだった。
それで、いつから私の事を好きになってくれたのかを聞いたら、やはりアルトラも例の噂、私とアルトラが付き合っているという噂が流れた11月辺りから意識し始めていたらしい。
多分もっと前から好きだったとは思う、とも言っていたけれど。
それで、明日は改めておめでとう会を開くという事でカラオケに行くことになった。
END
おまけ「あらすじ」
あらすじ
中学一年生の頃の私の日記は、今見返してみてもアルトラ、アルトラばかりだ。
私がまだいじめの標的ではなくなったばかりの頃、夏祭りに来ていた噂の彼を見つけて、思わず声をかけたのが始まりだった。
あの頃の私は彼が皆に無視されたり、悪い噂を流されたりしているのを放っておけないと思って話しかけたのに、結果としてアルトラに助けられたんだった。
いじめっ子を撃退して、一躍ヒーローになった彼は喜んでいたけれど、有名になったことでかえって過去の悪い噂を掘り起こされるようになってしまった。
私は彼の過去の事情を皆に話して回って、そうしているうちに私とアルトラが付き合っているという噂が流れて、それから彼を意識し始めた。
けれど、彼のことが好きな娘が現れて、私はアルトラとまだ付き合う勇気もなかったから手を引こうとしていたんだった。
それで、あの娘がアルトラに告白するという予告を受けて、それからはずっと、どうやって彼のことを諦めるか…いや、どうやってあの時に感じていた幸せを続けていくかを考えていた。
全てが「過去の出来事」になった今から思えば、あの時、もう二度と泣かなくていい過去を作った自分はとても勇気があったと思う。
この日記は、私たちが未来のために泣いた時の思い出の日記だ。
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