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  それを
    《正義》
      と呼ぶらしい
TOP第一章『仮面』第二章『正義』第三章『幸せ』最終章『許し』前日譚『過去を哭けよアルトラ(リンの日記)』

あらすじ

 スズと共にいるうちに、ケイは自らの『思想』について再考し始め、気が付けば彼女に心を奪われていた。
 彼女によって取り戻された数年ぶりの笑顔は、スズにとっても意味のあるもので、リンの気持ちを理解出来た彼女は、本当の意味でリンを許す事ができた。

 しかし、残酷にも『未来』は不幸を運んで来て、スズの父は、娘の目の前で命を落とす。
 かつての『呪い』が全て叶ってしまった彼女は、自らを呪い、傷付ける事で『償い』をしようとしていた。
 そんな彼女に、ケイは手を差し伸べるのだった。

場面1『わだかまり』

『にせもの』

最終章『許し』

 村を歩く人達に慰めの言葉を何度かかけられつつ、ケイと一緒に登校していると、学校につく前に朝のホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り響いた。

「あらら、遅刻だ。まあ、怒られはしないだろうけど。」

 ケイはそう言いながら、全く焦った様子も見せず、ゆっくりと校門を跨いだ。
 堂々と用務員さんに挨拶をするケイが一緒にいてくれなければ、多分私は慌てて、教室に入る事にすら躊躇してしまったんだろうな。

「おはようございます。」

 ホームルームの最中に、教室の前側のドアを平然と開けて、ケイは先生に挨拶した。
 すると先生は少し驚いた様子を見せ、その後ろに控える私を見て「スズさん……!」と、泣き出しそうな顔で言いながら私に抱き着いた。

「大変だったね、スズさん……。お葬式ではしっかりしてたけど、心配してたのよ……。」

 成長した大人の女性特有──いや、一部の恵まれた女性特有の部分を守る為の下着の硬さが、私の顔に力強く押し付けられるので、痛い。
 ケイは先に着席し、さも最初からそこにいました、という態度で他のクラスメイトと同じように私達の方を見ている。

「せ、先生、痛いです。」

 遂に口から発せられた苦情に、先生はハッとしたように私の拘束を解き、「いつでも職員室においでね。」と言って、私の頭を撫でながら、席に座るよう促した。
 そして、同じく遅刻したケイの方を見ながら、それを責めるわけではなく、グッド、とハンドサインを彼に送っていた。


ーーーーーーーーー

「スズちゃん、久しぶり……。」

 リンは傷心の私とどう接したら良いのか分からないようで、「その、大変だったね。」と、先生の真似をするように言った。
 そんなリンに、私は思わず抱き着いて、ずっと二人の間にあったわだかまり──抜け駆けして告白した件について、今更掘り起こして話した。

「リン、私なんにも分かってなかった、貴方がアルトラをどれだけ愛していたのかも、大切にしていたのかも、なんにも分からずに貴女から奪おうとしてた。」

 リンはまさかそんな話が今の私から飛び出してくるとは思っていなかったようで、驚いた様子だった。

「ごめんなさい、リン。私、貴女を焦らせて、苦しめて、たくさん泣かせたと思う。それでも私を受け入れてくれて、仲良くしてくれて、ありがとう……。」

 ケイとの時間を過ごす程に、私はリンにどれだけの苦しみを与えていたか、どれだけの涙を流させていたのか、どんどん分かってしまった。
 リンにとってのアルトラは、今の私にとってのケイで、それを誰かに奪われるかも知れないなんて、考えだけでも胸がキュッとなるのに、私はそれを実行しようとしていたのだから。

「スズ……ちゃん……」

 元々涙脆いリンは、私への心配と、過去の心残りの解消で、ボロボロと涙を流し始めた。

「いいの、私はアルトラに元気をくれたスズちゃんに感謝してるし、なのにあなたを裏切った事を、ずっと負い目に感じてたから……。」

 「許してくれて、ありがとう。」と。リンは呟くようにそう言って、私を強く抱き返した。
 クラスメイト達が静まり返り、何事かとこちらに注目するのも気にせず、私達は抱き合い、大声で泣きあった。

場面2『気懸かり』

「なあ、アルトラ。お前、本当はスズの事、ずっと心配してたんだろ。」

 昼休み、スズとリンがまだ二人で話をしているので、どうせ同じく暇なアルトラにちょっかいを掛けに行くことにした。

「そりゃ……親父が亡くなって、葬式ではちゃんと振る舞ってたけど……心配に決まってるだろ。」

 「ちげぇよ。」と、あえて分かりにくくした話を理解しないアルトラをおちょくりながら、本当に聞きたかった質問をする。

「お前、リンを選んだあの日から、ずっとスズの事が気懸かりだったんだろ。」

 彼女が『仮面』を着けて二人を祝福したという事くらい、阿呆のアルトラにだって理解できるはずで、またそれを理解した阿呆がスズを放ったらかしにしていたとは思えない。
 だから、コイツのそんな中途半端な憐れみが、スズを余計に傷付けていた事を話してやろうと思った。
 ──今ならそれを、許せる気がするから。

「ずっと、悪いとは思ってた。僕達は二人でスズを裏切って、傷付けて、それを彼女の『優しい部分』は許してくれたと思って──いや、言い訳だな。」

 アルトラはスゥーッと、何かを覚悟したように息を吸って、勢い良くため息を吐いてから、本音を話し始めた。

「スズは、きっと一生僕らを許さない。それだけの『選択』をしたと思ってる。僕はリンを助けて、スズを見捨てたんだ。」

 アルトラは頭を掻きむしりながら、スズへの仕打ちについてどう考えているかを語った。
 ──下手に保留して二人をまとめて苦しめるよりは、二者択一でまだ許してくれそうな側を切り捨てたのが最良の選択だったのだろうが、それでもスズに対して、本心では罪悪感を感じていたらしい。

「まあ、スズはもうお前らを恨んじゃいない。それで、お前に選ばれなかった事が、むしろラッキーだったと思えるようにしてやるさ。」

 アルトラは最初、案の定その意味を理解せず、ポカンとした様子で固まった。

「スズは、リンの気持ちを知った。僕のお陰だからな、感謝しろよ。」

 「え、もしかして本当に付き合い始めたのか?」と、アルトラが聞くので、「ツバはつけられた。」と言って、スズにキスされた頬を指差すと、アルトラは「おぉ〜、」と感嘆の声を上げ、小さく拍手した。

「付き合うにしても、この時期は良くないだろうから、もう少し時間が経って、スズの傷がもっとしっかり癒えたら、キズモノ同士仲良くなっていこうと思ってるさ。」

 「だから、まああとは任せろ」と言いながら、僕はアルトラと握手を交わした。

場面3『ホンモノ』

 ──この世界にある全ては『にせもの』で、何一つとして本当のものなんて無い。
 多分、それが僕が知る唯一の事実だった。

 それでも、世界には苦しみがあって、悲しみがあって、笑顔があった。
 それでも、そんな『にせもの』の中で、僕達は確かに自分の生き方を探していて、幸せを願っていて、喜びを求めていた。

 たとえ時間が不幸を運び、全てを『無意味』にする日が来るとしても。
 上手く生きようが良く生きようが、どうせ《終点》が同じでも。
 それでも、『にせもの』の中で生きて足掻いた二人の『ニヒリスト』は、『無意味』な世界に夢を見ている。

 僕達が為すべき事は、いつか──最期に過去を振り返るとき、そこに『ホンモノ』の幸せや喜びがあったと思えるように、今を確かに生きる事なのだ。

 ──それが《人生》の意味らしい。


ーーーーーーーーー

 それから一ヶ月が過ぎ、大晦日の頃には本殿の瓦礫も撤去されていた。

 忙しい母に代わって年越し蕎麦を作りながら外を眺めると、そこでは御神体もなく神主もいない、更地になった神社に、まるでそういう『習性』があるかのように年越しを迎えるべく老人達が集まっていた。
 老人達は各々勝手に別の宗教の祈りを本殿の跡地に捧げながら、父の死を悼んでいた。

 母もご近所の人達に挨拶すべく、巫女服でご老人達と話をしている。
 そして、皆は在りし日の話をゆっくりと、噛み砕くように語らいながら、少しずつ悲しみを飲み込んでいく。
 あんな事があっても、皆の日常は続いたし、多分来年も──多分一生続いていく。

 未来から不幸を運ぶウェイターは、食べきれなかった辛(から)さや苦みを過去へと下げていく。
 幸も不幸も、酸いも甘いも、次から次へと運ばれては、私達に何かを感じさせる。

 下がって行った料理を振り返り、もう味すらしなくなった『過去』に思いを馳せる時、私達は後悔したり、笑ったりする。

 それが『自分を生きる』という事で、自分だけの『喜び』を見つけるという事なのではないか。
 私はそう思いながら、この理不尽で残酷な、『にせもの』だらけの世界を笑顔で生きている。

──いつかきっと、『ホンモノ』の幸せを手に入れられると信じて。
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